Yuri ♡Love story…

好きな人を想う愛おしい時間がここにある。とっておきのラブストーリー。

第六話 クリスマスのデートは・・・

 月曜日になると休日で疲れを十分癒した社会人達が凛とした表情で会社に出社する。

 社会人は仕事と遊びの切り替えが大事なんだと新人の頃言われたことがある。

 学生の頃と違って簡単に休むことは出来ないし、度を過ぎた遊びをして二日酔いになっても必ず朝の満員電車には乗り込まなくてはいけない。   

 私は切り替えが上手ではないので週明けの出勤というのは会社に行く楽しみがない限りものすごく憂鬱だった。

 頭のぼんやりが取れないまま電車に揺られ、あと一駅というところでメールが来た。

 

『おはよう。今から出勤かな?お互いがんばろう!』

 小池君からだった。

 

土曜日に交換したメールアドレスには日曜日の昼頃一通着た。

『昨日は楽しかったです。本当にありがとうございました!今度映画でも見にいきましょう。あっ俺のこと直樹って呼んでくださいね!』

 という内容だったがメールはそれっきりだった。

 

わりとすぐに返事を返したのだが、そのあとは返ってこなかった。

なんとなくつまらないと感じて何かを期待していた自分に気付いた。

一時間おきに携帯のメールをチェックしながら家でダラダラ過ごした日曜日だった。

サザエさんが始まったとたん憂鬱な気分になり、サザエさん症候群にかかってしまったと慌てて麻紀にメールした。

 

駅を降りてもう一度直樹のメールを読み返した。

最後の顔文字が直樹らしくて安心した気持ちになった。すぐに返してしまいそうになったが昨日のことを思い出して作りかけの文章を削除しバックに入れた。この行為は直樹のことが気になっているという証拠だった。

 

 「おはようございます、本日もお客様に精を尽くしてがんばりましょう!」

 「はい!」

 「日直からです。本日は…」

恒例の朝礼が始まると、わずかに残されていた『やる気』が瞬時に消耗していく。この百貨店だけでも、朝礼に二十分を越える時間を費やす部署は珍しい。すべては無駄に話の長い部長のせいだった。

朝礼が大切なのは分かるが、立ちっぱなしというのは何とかして欲しい、と、みんな参っていた。  

 「おはようございます!」

 突然、背後の扉が開いたかと思うと、元気な男性の声が響いた。

 この声は…まさかと振り返るとやはり中川さんだった。

 胸がドキッと高鳴った。

 「朝礼中失礼します。本日この部署を担当させて頂きます中川です。よろしくお願いします!」

 「えっ!中川さんと一日一緒に仕事するってこと?」

 中川さんは私の方を見てニコッと笑ってくれた。胸がキューっと締め付けられた。

 朝礼が終わると席に着き、いよいよ仕事が開始される。私はそっと中川さんの席を確認した。部長の隣だ。

部長はわざとらしい笑みを顔に貼り付け、中川さんに話しかけていた。中川さんのことを彼女が気に入っているのは、誰もが知っている事実だ。

そんな部長の隣では、さりげなく彼に会いに行くことだってデキやしない。私はシュンと肩を落としていた。

 

 「あんたサザエさん症候群治ったの?」

 「ちょっと声大きいって」

昼休みに入ると、私は麻紀をカフェへと誘った。サンドイッチを頬張りながら、麻紀は豪快に笑っている。

 「あははっ。てか純子髪型いいじゃん。バッチリ若作りできてるよ」

麻紀はアイスコーヒーでのどを潤し悪びれるでもなく、親指を立ててグーサインを出している。

 「まぁ、いいや。ありがと。そんなことよりさ、昨日言ってないことあって」

 「何なに?」

 「今日言おうと思ってたんだけど、実は土曜日さ…」

 直樹と会ったことを軽く話した。

 「うそ、マジ?」

 「うん、まぁさらっというとそんなとこ」

 思っていたよりも麻紀は驚き、興味津々な様子を見せた。

 「すごいじゃん。てか小池君なんか言ってなかった?」

 さらに身を乗り出して言った。

 「なんかって?」

 私は何のことか分からず眉を寄せて困った顔をした。

 「あっ言ってないのね」

 麻紀は、そうなの。といってつまらなそうにアイスコーヒーを啜った。

 「何よ?」

 「うふふ。なんでもないのよぉ。あんたにもいずれ分かるわ」

 フフッと笑う麻紀はどこか意味深だった。本当になんだと言うのだろう。疑問符が頭を埋め尽くすころになって麻紀は続けた。

 「それより、メールはもう返したの?」

「あっ、そうだ!忘れてた」

 「あんたって、ホント男心を分かってないんだから…」

 私は麻紀に言われて短くメールを返した。

 『こんにちは。今昼休みです!いつも朝八時くらいには電車乗ってるよ』

送信ボタンを押すと、なんだか急に気が抜けたように感じた。仕事が終わってメールが返って来てなかったら自分は経ヘコむだろうと思った。

 昼休みが終わり、パソコンを開くと一件のメールが来ていた。開くと中川さんだった。嬉しくてニヤッとしてしまった。

 

『おはよう。今日一日よろしくね。そうそう、ディナーいつにしようか?』

 メールを読んだ瞬間、体中が興奮した。

 思わず席を立って中川さんの席を見た。笑顔で部長と話していた。胸の高鳴りが大きくなり幸せな気持ちになった。

 『こちらこそよろしくお願いします。私はいつでも大丈夫です!』

 興奮状態のまますぐに返信した。

 十分後、『じゃあ、明後日はどうかな?』と返ってきた。

部長との話もそこそこに、私のメールを優先してくれたのかもしれない。

 『大丈夫です!』

 『了解。そうそう、パソコンじゃあれだし携帯の方にメールもらえるかな?』

 最後に携帯の番号とアドレスが書いてあった。中川さんの方を見た。彼もこっちを見てくれた。ニコッと笑う口元が少し震えた。

 

 興奮冷めやまぬまま仕事が終わり、携帯を見ると直樹からメールが来ていた。安心した。

『お疲れ様!そろそろ終わりですよね?俺はまだ終わりそうにないです。あの、純子ちゃんってメール嫌いじゃない?』

 敬語交じりのおかしな文章に笑ってしまった。

 『文章変だよぉ!仕事頑張って。メール嫌いじゃないよ』

 絵文字を多く使ってすぐに返した。ウキウキした気持ちになった。

 『すいません、つい…。本当?それじゃあたくさんメールしても平気?』

 五分足らずで返ってきた。

 『もちろん。とりあえず、今は仕事頑張ってね』

 『うん、ありがとう』

 日曜日メールがあまりこなかった理由がわかった気がしてホッとした気持ちになった。

 それから直樹とメールをしながら家に帰った。楽しかった。

 小一時間位して家に着き『じゃあ、これからお客さんのところいってくるね。またメールします』という直樹のメールで二人の会話は途切れた。

 携帯を充電器に挿してバックの中から手帳を取り出すとメモ書きが一枚出てきた。

 「そうだ!」

 中川さんの連絡先の書いてある紙だった。急いで充電中の携帯を外してメールを作成した。最後にアドレスを一文字ずつ入力した。

これが中川さんのメールアドレスなんだと思うと、指先が少しだけ震えた。紙に書かれたアドレスをディスプレイの上へ、一つずつ慎重に載せていく。

kou_nk/ai_kn@――― 

アドレスを打つ私の指が止まった。

彼の名前は中川晃二。アドレスの前半部分は『KOUJI NAKAGAWA』から取ったのであろう。だとすれば、後半部分も誰かの名前なのであろうか。

AI、アイ、あい、愛―女の名前…。

彼がプロポーズまでしたという、見たことのない女性の姿が脳裏に浮かぶ。しばらくの間、私はボンヤリとそのアドレスを眺めていた。

 食事がのどを通らないような気持ちになり、送信してからしばらくアドレスを眺めた。

 

 『七時に銀座の時計台の前で』

 今日はついにディナーの日だ。もうすぐ時計台の前に着いてしまう。

 ドキドキする気持ちを抑えながら落ち着いた銀座の街に浮かないよう、なるべく颯爽と歩いた。

 「矢口さん、こっちこっち」

 前を見ると黒いロングコートに身を包んだ中川さんが手を上げていた。

 「すいません!」

 私は駆け寄り頭を下げた。

 「いやいや、俺が先に来ちゃっただけだから。行こうか」

 「はいっ」

 背が高くて顔立ちの良い中川さんは銀座の街にすごく馴染んでいた。並んで歩いていると自分が妙に大人びたように感じた。

 「お酒飲める?」

 彼の問いに頷いて応えると、彼は安心をしたように微笑んだ。

「よかった、実は今日連れて行く店、お酒がすごく美味しいんだ」

「わぁ、楽しみです」

 彼は笑顔を浮かべ、嬉しそうに私を見た。

 アドレスにある女の名前が過ぎった。『ai』という女はこの笑顔を独り占めしていたのかもしれない。

 『ai』という女は中川さんのなんだったの?

待ち合わせをしていた場所から十数分歩くと、彼は一軒のレストランを指差した。

「ここだよ。さぁ、入って」

 店内に足を踏み入れると、目前にはまるで別世界の風景が広がっていた。

左右の壁をブラックライトが照らし、その脇にはブルーのライトを着飾った数十本ものホワイトツリーが等間隔で植えられていた。通路の中央には淡い黄・緑・赤の光が交互に点灯されており、幻想的に輝く『光の道』を造っている。

 「わぁーすごい!」

 「雰囲気、いいでしょ?」

 「えぇ、とても!」

黒服のボーイに先導されて『光の道』を抜けると視界が拓け、広い吹き抜けのフロアにはいくつかのテーブル席が用意されていた。

お洒落なバーといった感じであろうか。クリスマスに特有の派手で賑やかなイルミネーションとは違い、気品に溢れる大人が愛するような、繊細で、しかし力強い輝きが私たちを迎えていた。

ここへ来ているお客に目を向けると、やはり彼らは、この店の持つ雰囲気に似つかわしい人たちばかりだ。いかにも高級そうな服を、何の嫌味もなく着こなせているような人たち―――落ち着いた黒のワンピースを着ていたことが、私にとってはせめてもの救いだったように思う。

「こちらへどうぞ」

ボーイはさらに奥へと進み、彼が予約をしていた席へと案内してくれた。

 

「よく来られるんですか、ここ」

声を潜めて訊ねる私とは対照的に、中川さんはいつも通りの優しい口調で答えてくれた。

「そうだね、ここへはよく一人でも来たりするよ。ここって、周りを見てもらえれば分かると思うけど、上等なお客が多いだろ? だからこそ、ここへは一人で来る。そうすることで、いい意味でのプライドが自分の中に保てるような気がしてさ」

 「へぇー。なんかでも分かる気がします」

 自分がへこたれた時、適当な居酒屋に行くとさらにどうでもよくなる経験があったので言っている意味がすごくよくわかった。

 「気に入ってもらえたならよかったよ。ワイン飲める?」

 「あっ白なら好きです」

 「よし、じゃあ白にしようか。あとはコース頼んであるから」

 そういって彼は慣れた口調でボーイに、お願い。と言った。

そして白ワインと料理が運ばれてきた。ボーイがボトルに入れられたワインを手にやってくると、それを私たちの前に用意されたグラスにそっと注いだ。瞬間、透き通った香りが鼻をかすめ、澄んだワインの色が私の目を釘付けにする。

「ここの白ワインは格別だよ。一本くらいならすぐに空けてしまうくらいにね」

 ボーイから受け取ったワインを口に含む。よく冷やされたワインがのどを潤していくのが分かった。ほんのりと甘く、それでさっぱりとした口触りだ。

 「んー。美味しい、ホント格別ですね!」

私はきゃっきゃっとワインの美味しさを伝えた。

 「矢口さんってやっぱり可愛らしいね」

 「えっ、何言い出すんですかぁ」

 顔が火照ってきているのをすぐに感じた。

「いや、ね。感情が豊かって言うか、美味しいものを美味しい、嬉しいことを嬉しいと素直に言える矢口さんは、すごく素敵だなって思えて。一緒にいて、本当に楽しいよ」

顔は火照り、嬉しさが込み上げてくる。同時に、わずかな空調の風が、彼がつけている甘い香水の匂いを私に届けてくれた。

安らぐ香りにウットリとしながら、私はどうにか首を振って応えることができた。

 「そんな、中川さんに言われたら照れますよ」

 嬉しくて仕方なかったが上手く表現できない自分がもどかしくて仕方なかった。

それから私たちは白ワインに合うコース料理に舌鼓を打ちながら、ありとあらゆる話題で盛り上がることができた。ランチに出掛けた時以上に会話が滑らかに感じられるのは、適度なアルコールが私の緊張を解してくれたお蔭かもしれない。

そしてついに、私はその話題を持ち出してしまった。

 「あの、クリスマス。クリスマス・イブってご予定ありますか」