第十章 聖夜の約束
一瞬何が起きたのかわからなかった。ドキドキが最高潮に達し放心状態になった。
『電話なんかで言ってごめん』
『ずっと前から好きだった人って…』
私は状況がまだよくわかっていなかった。
『そう、純子ちゃんだよ。純子ちゃんが俺のこと気にもしてなかった頃から、そうだなちょうど一年くらい前から。ずっと好きだった』
『本当に?』
一年前…麻紀が言ってた小池くんの好きな子って私だったの?
『うん。もう気付かれてるのかと思ってたけど。あっ、窓開けてみて』
私はすぐにカーテンを開けた。すると直樹が花束を掲げて立っていた。
『うち、なんでわかったの?』
窓の外から直樹を見下ろしながらそう言い、泣きそうになった。
『ごめん、麻紀さんに教えてもらった』
『私もそっち行く』
そういって電話を切り、溢れそうな涙をこらえ鏡で顔や髪を軽く直して急いでドアを開けた。
「メリークリスマス」
「わぁ!」
「びっくりさせてごめん。来ちゃった」
ドアを開けると、直樹が大きな花束を持って立っていた。照れくさそうにその花束を渡す。
「ありがとう!」
大きなバラの花束に小さなメッセージカードが添えられていた。
『ずっと前から好きでした。
愛してます 直樹』
メッセージを見て、これは夢なのかもしれない、と思った。
「純子ちゃん、その白いワンピース似合ってるよ。可愛い」
直樹は無邪気な笑顔を浮かべながら私を抱きしめた。
「直樹君…」
直樹のさわやかな香水の香りが私を包んだ。溜めていた涙が一気に溢れ出し、彼の服をギュッと握り締めた。
「言えてよかった」
耳元で囁く彼の袖をさらにギュッと握り締め、私は無言のまま頷いた。
直樹の腕の力が強くなる。
「純子ちゃんがクリスマスに告白するなんて言うから、もうダメかと思った。あの時は強がって応援するなんて言ったけど悩みすぎて飯もろくに食えなかった」
私は小さく頷いた。直樹の胸の中は何にも変えられないくらいの安心感があった。
「でも俺、純子ちゃんのこと誰よりも愛してるって自信あったから…」
直樹は体から私を離し、目を見つめた。
「改めて言わせて。純子ちゃんのこと絶対幸せにします。だから、俺と付き合ってください」
「うん」
私は強く頷いて彼の胸に顔を埋めた。不思議と中川さんのことが遠い昔のことのように感じた。
私が中川さんのことで必死になってる時、直樹は私のことをずっと思っていてくれたんだ。最近出会った人だなんて思ってたのは私だけだったんだね。私はやっと居場所を見つけた気がした。
今、自分は世界で一番幸せな女性なのかもしれない。
「あっ、もうこんな時間だ。ノッチ先輩のパーティに遅刻しちゃう。一緒に行こう」
「やっぱり直樹君も呼ばれてたんだね」
「うん、俺は毎年。彼女紹介できるようにがんばるって毎年言ってるくせに女の子連れてくのは今回が初めて」
彼は照れ笑いをして手を差し伸べた。
私が手を取ると、彼はぎゅっと握りしめてくれた。胸がトクンと波打ち、幸せな気持ちになった。
直樹の車で麻紀とノッチの家へ向かった。車内でも手をしっかりと握り合っていてくれた。
「いらっしゃい!待ってたよ、二人とも」
麻紀が玄関で出迎えてくれた。ニヤつく麻紀の視線は、握った私たちの手に向けられている。
「純子、だから言ったでしょ?」
麻紀はピースをして私にそういった。
「麻紀…」
私もピースをして強く頷いた。
部屋に上がるとすでにパーティは始まっていた。私たちが入ると、マライヤ・キャリーの『恋人たちのクリスマス』が流れ出し、心がパーッと明るくなった。
ノッチが仕掛けたに違いない。彼は私たちを見るなり、わざとらしく直樹の肩に腕を回した。
「おおーっ直樹、お前やっと来たな!」
ノッチは嬉しそうな顔で直樹の隣にいる私に視線を向ける。
「純子ちゃん、こいつマジでいい奴だからさ。よろしくな」
「うん、ノッチいろいろありがとね。ノッチの後輩大切にします」
私は流してくれたBGMのお礼を悪戯っぽく言い、こちらこそ。と頭を下げた。
「わかってんねぇ!」
ノッチは上機嫌になり、直樹の肩を叩きながら笑った。
私たちも顔を見合わせて笑った。
『私をしっかりと抱いて離さないあなただけ 他に何があるの?私がクリスマスに欲しいのはあなただけ…』
BGMがちょうど終盤に差し掛かり、私の一番好きな歌詞の部分に差し掛かり、思わず口ずさんだ。
みんなが立ち上がって拍手をくれた。こんなに祝福されたのは初めてで、心底嬉しかった。
先輩たちは口々に直樹をからかい、彼はすぐにビールを飲まされていた。
私もシャンパンをもらい、麻紀とバルコニーへ出た。
「直樹君のこと、本当に気付いてなかったんだね」
麻紀は嬉しそうに言う。
「気付かないよぉ、まったく麻紀もひどいよ」
「あははっ。私も隠しておくのかなり大変だったんだからぁ。直樹君にかなり口止めされててさ」
麻紀はシャンパンを一口飲んで続けた。
「絶対内緒ですよ!なんていつも言われてねっ。可愛いでしょ?」
麻紀は、反応を楽しむように横目で私を見て言った。
「あははっ。可愛い。直樹君にまで見放されたと思ってたからさ、かなり衝撃的だったよ。今笑っていられるのが嘘みたい」
私は直樹の可愛い笑顔を思い出し、終始口元が緩んでいた。
「私も今日はどうなるのか心配だったわよぉ。まぁ、あんたも直樹君のこと好きになるとは思ってたけど」
麻紀は冬空にキラキラと輝く星を見つめ、女の勘よ、と言った。
「さすが麻紀だわ」
私も星に目を向ける。久しぶりに見た星は聖夜の夜を演出するかのように美しく輝いていた。
「それに、直樹君はあんたを裏切ったりしないから大丈夫。あの子の愛は本物だから」
麻紀はそう言い、入ろうか、と言った。胸がいっぱいになり、また幸せな気持ちが湧き出てきた。
部屋に入ると、ノッチが駆け寄ってきて、麻紀の肩に手を回した。
「はい、みんな聞いてください!」
ノッチはずいぶん飲んだようで顔が真っ赤になっていた。
「実は俺ら結婚します!」
「えっ!」
みんなが一斉に驚いた。私もシャンパンを吹き出しそうになった。
「結婚式は夏の予定。みんなよろしく!」
ノッチは明るくそう言い、麻紀の体をギュッと引き寄せた。自慢の腕の筋肉が男らしさを強調した。最高にかっこよく見えた。
麻紀は恥ずかしそうに頭を下げた。すごく幸せそうな顔をしていて、私も嬉しくなり、涙ぐんでしまった。
そして、麻紀はすぐさま私のところへ駆け寄り、興奮冷めやらぬ様子で「ごめんね、急に」と私の手を握った。
「今日の昼間、言われたんだよね。私もびっくりよ、急すぎて。そういうのもあって純子には絶対今日、来て欲しかったの。ノッチって本当勝手なんだから」
麻紀はそう言いながらノッチの方を見て微笑んだ。
「おめでとう。私まで幸せな気持ちだよ、本当によかったね」
「ありがとう」
こんなに幸せなイブになるとは思っても見なかった。神様ってちゃんと見てるんだろうな。なんて考えてしまうくらいの素敵な夜。
「純子ちゃん、外出ようか」
直樹が声を掛けると、麻紀が視線だけで「行ってきな」と笑顔で伝えてくれた。
直樹に連れられて外に出た。冷たい風が心地好く撫でていく。直樹はズボンのポケットに手を突っ込み、夜空を見上げながら歩いていた。
冷たい風が二人の火照った体を冷ましてくれている。
「ノッチ先輩ってすごいよな。やっぱり俺、尊敬するよ」
「ねぇ。ノッチらしいよ、ああいうの。でも幸せそうで本当よかった」
「そうだね」
少し歩くとキラキラと輝くイルミネーションが見えてきた。キラキラと光る家並みに目を奪われながら歩いていくと、大人しく光を放している公園のもみの木を見つけた。
「きれいだね」
「うん」
二人は公園のベンチに腰を下ろした。決して派手ではないけれど、オレンジ色の控えめなライトが優しく二人を照らした。
「ねぇ、純子って呼んでいい?」
直樹がおもむろに口を開く。
「もちろん。私もちゃんと直樹って呼ぶからね」
こんな高校生みたいな会話が妙に新鮮で照れくさくなった。直樹が私を見る。視線がぶつかると恥ずかしくて、下を向いた。
ベンチに座ってからもぎゅっと握られた手が二人のぬくもりを体中に伝えた。
「直樹といると安心する」
直樹の肩に寄りかかり、目を瞑った。このまま二人でどこかへ行ってしまいたい、そんな気持ちになった。
「そんなふうにいってもらえるなんて夢みたいだよ」
直樹の腕が肩に回る。
「大げさだよー…」
彼の腕にぎゅっと力が入り、唇が触れた。すごく温かかった。
「ずっと見てた。勇気出してよかったよ。俺とずっと一緒にいて」
「うん」
愛されるということはこんなに温かいことなんだということを感じた。
胸の中が何かでいっぱいになり、体の中がすごく気持ちよくなるような…。そんな気持ちになり、この人がいれば何もいらない、と思えた。
この幸せな夜を一生忘れない。
聖夜の夜、愛を確かめ合いながら唇を重ねる二人。
澄んだ冬の夜空に輝く幾千もの星と、キラキラ輝くクリスマスの特別な光たちが祝福した。
来年も、再来年も、ずっと、私を離さないでね。
―――約束だよ。
ハッピーメリークリスマス。