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Yuri ♡Love story…

好きな人を想う愛おしい時間がここにある。とっておきのラブストーリー。

第三章  元カノの存在…

はち切れそうな緊張が私の中に張り巡らされる。私の視線は彼の口元に釘付けになり、中々動かすことができなくなった。

 「うん、いないよ」

彼のはにかんだ笑顔とその一言で、私の凍っていた視線は一瞬にして溶かされた。

緊張感がほどけて肩まで軽くなったような気がした。

 「そ、そうなんですか?中川さんって社内でも人気だし、すごくモテるから本当はいるんじゃないかと思って」

 「いないいない。もう二年近くいないかな」

 「へぇ、意外です」

 「そうかな?俺なんて前に付き合ってた彼女にいきなり捨てられたくらいの男だよ」

 「捨てられた?」

 「うん、フラれたというより捨てられたという方が正しい」

 中川さんの元カノの話を大まかに聞き出した。彼女(愛さん)とは三年程付き合った後、プロポーズをしたが愛さんはそれを断った。

そして彼女はファッションデザイナーになるという自分自身の夢を追い求め、一路フランスへと飛び発った。

 それを聞いてなんとなく彼女を作らない理由がわかってしまった気がした。

 「矢口さん?」

ハッとした。いつの間にか私は黙り込み、考えの中に入っていたようだ。

 「あっすいません、パスタ冷めちゃいますね」

 目の前にボヤがかかり、沈んだ気持ちになったのは確かだった。さっきまで美味しく感じていたパスタの味が全然わからなくなっていた。

 ウェイターが空いた皿をさげていく。

 「そろそろ時間だね」

時計を覗きながら、中川さんは息を漏らすように呟いた。その言葉尻がどこか寂しそうで、私は思わず嬉しくなる。

 「そうですね、一時間って短いなぁ」

 「本当だね。今日はご馳走させて」

 「えっ、いいんですか?」

彼は伝票を持ち、腰を持ち上げた。その後ろを歩こうと椅子を引いた時、彼が振り返って言った。

 「そうそう、その代わりといってはなんだけど今度ディナーでもどう?」

 「えっ?」

 私は一瞬耳を疑った。彼の視線が私を急かす。

 「いや、今日は一時間しかなかったし、矢口さんともっと話したいなと思って。もちろんよければだけど」

 びっくりしている私に彼は優しくそういった。

 「ぜひ行きたいです!」

 私は慌てて言った。さっき、愛さんの話を聞いていたころとは一転し、視界がパァーと明るくなり、心が躍った。

 「よかった。じゃあ詳細はまたメールで」

 彼は優しく微笑み返す。

 「はいっ、楽しみにしてます。今日は美味しいランチごちそうさまでした」

中川さんが会計を済ませるのを待つ間、私は手や足の先に身震いを感じていた。興奮が覚めず、どうにも落ち着かない。

そして、レストランに向かっていたとき以上に幸せな気持ちを噛み締め、中川さんの隣に並んで会社へと戻る。足取りが驚くほど軽い。

 社に戻り、仕事を再開したがパソコンを打つ手が少し震えた。嬉しいことがあっても震えって起こるんだな。頭が興奮して落ち着かなかった。

でも、さっき感じた嫌な予感…考え過ぎだよね。もう彼女は日本にいないわけだし。私は高鳴る胸を押さえながら中川さんからのメールを読み返した。

 

 「矢口さん、接客お願いできないかしら」

 「はい、行きます」

 突然の接客ヘルプも今日は快く受けられた。中川さんへのお礼メールあとで送ろうっと。

 今日は麻紀がお休みなのが残念だけど、帰ったらすぐに電話をして、今日のことさっそく報告しなくちゃ。長電話決定だな。

 店に出ると、店内はいつも以上に賑わいを見せていた。さすが金曜日の午後だ。

 そしてしばらくレジに立っていると「こんにちわ」と明るい声がした。

 「あっ」

 「今日はすぐ気付いてくれましたね」

 顔を上げると小池君が立っていた。彼はニカっと笑って配達物を渡した。今回は部長宛の小さな小包だった。

 「これお願いします」

 受け取り伝票にサインを頼んだ。

 「いつもありがとう」

 私は前回の態度を撤回するかのように丁寧な挨拶をした。

 「矢口さん、今日すごい元気ですね」

 「え?」

 彼と視線がぶつかって一瞬胸の奥がキュンと高鳴った。前回は気付かなかったがすごく綺麗でまっすぐな瞳をしている。

 「そんな気がしました。サインありがとうございます」

 彼はそういって頭を下げた。そのとき、クールで男らしい匂いがしたので小さく空気を吸い込んだ。

 私の大好きな爽やかでクールな香りだったので嬉しくなった。麻紀の一押しっていうのがなんとなくわかった気がした。

 そして、彼は今日もエレベーターに乗ったあとこちらに向かって笑顔を見せた。若々しく元気な笑顔とは裏腹の男らしい匂いがいい男に魅せた。あんな彼氏もいいなぁ。と本能的に思ってしまった。

 

 家に帰ると化粧も落とさず電話を鳴らした。小走りで帰ってきたため少し息が荒かったが息を整える時間は割かなかった。

 三コールくらいで繋がった。

 「もしもし麻紀?今日行ってきたんだけどさ」

 相手の声を確認しないまま私は喋り始めた。

 「どうだった?」

 私の性格と今日のことを知っていた彼女は冷静に応対した。

 「うん、中川さんね…」

 いつも並んでいて入れないイタリアンレストランに行ったこと、食べ方がきれいだったこと、元カノの話、ディナーに誘ってくれた話を次々に話した。

 「で、どう思う?」

 私はそう締めくくり、はぁはぁと息を切らした。

 「へぇ、なんかめんどくさい予感がする」

 やはり彼女は冷静に言った。

 「でしょ?」

 「そうだったのねぇ。なんかあると思ったら元カノか」

 「納得」

 と麻紀は唸った。

 「なんかショックだった」

 「そりゃショックでしょ。プロポーズまでした女のことだからね、忘れてるなんてことはないと思うし。でもあんた誘われたんでしょ?だったら可能性あるって事だよ。純子のことは気に入ってるんだと思うよ」

 「そうなのかなぁ」

 私は不服そうに言った。

 「うん、だってあいつさ、皆にいい顔してるからよく言い寄られてるけど出かけたりしたって話は聞いたことないし、女関係だらしない感じはしないよ」

 淡々と語る麻紀の言葉を聞きながら、占い師でもやったら?と言いそうになった。

 「一言多いってば。でも麻紀が言うなら間違いないわね、実際元カノがこっちにいるわけじゃないし」

 私も強気に出てみた。

 「そうそう、最悪っつーかあんたが相当な悪運の持ち主じゃない限り大丈夫よ」

 麻紀はクスッと笑った。さりげなく痛いことを言うのは彼女の特徴である。

 「そうだよね。自分を信じてとりあえずそのことは考えないようにしとくわ」

 「うん、やれるとこまでやってみなさい。クリスマスまで時間ないんだから」

 「はぁい」

 溜め息混じりの返事をして話題を変えた。

 「あっそうそう、今日小池君来たよ。たぶん香水は…クール系」

 近所のおばさんが、噂話を入手したときのように言った。

 「おぉ、純子ベストに入る匂いじゃん」

 麻紀はよくやった、というような口調で言った。

 「うん、ちょっと興奮した」

 わざと照れくさそうに返す。

 「あははっ。あんた本当変態だよ、まぁ香りって大事だからね。特に男はさ」

 麻紀は爆笑した。私は変態なのだと再確認した。

 「そうそう。かっこよくても臭かったら話になんないもんね」

 「間違いないね。ノッチってそんなかっこよくないけどいい匂いするから首の辺り嗅いでるだけで安心するんだよね」

 そして、セックスをしたあとは特に嗅ぐ。と付け足した。

 ノッチの恐持ての顔とTシャツから見える肉付きのいい腕を思い出した。

 「ノッチって男臭い感じなのにいい匂いするとかだいぶ萌えるね。中川さんの匂いはさ、見た目通り甘くて緊張するんだけど小池君の匂いは男らしいんだけど安心する匂いなのよ」

 麻紀は匂いについて語る私をからかいながら嬉しそうに聞いた。

 「小池君も恋愛対象になっちゃったりして」

 そして不意にそんなことを言い出した。

第二章 ただの一目惚れが本当の恋に変わった瞬間

 社内メールを利用するのは久しぶりだった。たまに麻紀がくだらないメールを送りつけてくる以外、滅多にプライベートの内容では使用しない。というか普通はみんなそうである。これを利用して仲を深めようなんて麻紀以外の誰が提案するだろう。麻紀の突発的な意見に不安を抱きながらも思いの外ウキウキする気持ちでいっぱいの自分がいるのは確かだった。 

中川さんの初メールの内容はこうだった。

 「メールありがとう。びっくりしたよ!よろしくね」

 最後についていた笑顔の顔文字が彼の優しい印象をさらに深めた。嬉しさのあまりトイレへ逃げ込みガッツポーズをしたほどであった。

 そして、一週間が過ぎるころには、中川さんとの社内メールは意外に盛り上がりをみせていた。

一日に五回から十回のメールを往復させ、『好き』以外の言葉を遣って相手を褒めまくる。そして同時に、趣味やハマっている物や事柄を片端から聞き出した。

そんな遣り取りを数日間続け、矢口純子という存在のアピールを繰り返す。そして私は、見事に彼とランチをする約束をゲットしていた。

私は動き出すと、自分でも驚くほどに速い。ただ、踏み出すことに少しだけ時間がかかってしまうのだ。その理由は恐らく、心の中に深く刻まれ、植えつけられた恐怖心。

中川さんと出逢う少し前のこと、私は大好きだったカレにフラれていた。

わずか二ヶ月の恋。やはり誕生日の、少し前だった。

不意に、カレの言葉が頭の中に甦る。

 「誕生日はもちろん仕事休むよ。いい店予約しとく。一緒に過ごそう」

 「本当っ?楽しみにしてるね」

 電話越しに聞こえる彼の声にドキドキしながら舞い上がっていた。

 すごく楽しみだった。初めてそんなことを言ってくれる人と自分も出会えたんだと幸せな気持ちが体中を包み込んだ。

 それなのに…

 「優しすぎるよね、純子は。俺たち付き合うのが早過ぎたと思うんだ。俺、今忙しくてあんまり会ってあげられないしさ、別れよう」

 さらっと言われた。そして彼の決意は堅かった。

 忙しいってわかってたから逢えないの我慢してたのに、あんまりだ。

 泣いて引き止めても無駄だった。腰に手を回したら手で押し返されたときのどうしようもないくらい悲しくて冷たい態度をされたことは今でも忘れない。

 別れは…自分はこんなに簡単に済まされてしまう女なのかって悲しくなった。

 今となってはあんな適当な男別れてよかったって思うけど。

 そんな時、中川さんが現れたのだ。

 誕生日当日の朝、出社するとデスクの上にメモ書きとチョコレートが置いてあった。

 メモを開くと「誕生日おめでとう。これからも頑張ってね」というメッセージが書かれていた。

 涙が出た。まだ親しくもない私にこんなことをしてくれるなんて、なんていい人なんだろうと胸が熱くなった。

 一目惚れが本当の恋に変わった瞬間だった。

 

よしっ。私は心の中で密かな決意を固めた。

これまで繰り返してきた失敗は、もう繰り返したくない。すぐ手にいれようと焦って、空回りをして、それでいて…そんな繰り返しにピリオドを打ちたい。

 この恋にはかなり気合いを入れている。

 

 

 「行こうか、矢口さん」

 「はいっ!」

 晴れた日の午後。ついに中川さんとランチの日が訪れた。こんなに昼の時間が楽しみだったことは未だかつてないくらいに心が躍った。

 二人は会社近くの美味しいと有名なイタリアンレストランに入った。

 ここは人気だから昼に行くと大抵は並ぶか入れないかなので少し不安だったが彼は予約をしていてくれたみたいですぐに入れた。

 こういうところはすごく彼らしいと思った。

 「予約してくださったんですね」

 「女の子を待たせるわけにはいかないからね」

 中川さんはそういって私の大好きなくしゃりとした笑顔を見せた。胸が高鳴った。さすが紳士だ。

 「ありがとうございます」

 私はなるべく可愛い声で言った。

おすすめパスタにサラダ、季節のスープとデザート。一番人気のランチメニューであるAランチを二つ注文すると、私たちの前にお洒落なグラスに注がれた水が運ばれてきた。

 「いつもメールの相手してくださってありがとうございます。本当は迷惑じゃないですか?」

 水でのどを潤す中川さんに、恐る恐る訊ねてみる。心臓がドキドキと脈打つのが分かった。

 「いやいや、こちらこそ楽しいメールをありがとう。営業先から戻ってきて矢口さんのメール見るとなんだか癒されるよ」

 「そんな…」

 「ごめん、ちょっと親父クサかったかな」

 「全然そんなことないです。そんな風に言ってくださるなんて思ってもみなかったから」

 照れ笑いを浮かべる彼が、なんだかとても愛おしい。中川さんの表情一つ一つが私の体温を上げていく。

 会社の話や趣味の話をして、メールでの遣り取りでの延長線のような話で一通り盛り上がると、私はメインディッシュが運ばれてくる前に本題を切り出した。

 「あの…中川さんって本当に彼女いないんですか?」

彼はサラダを食べていた手を止め、アイスコーヒーを口に含んだ。

第一章 不幸なクリスマスに終止符

 肌を刺すような冷たい風が頬を麻痺させていく。やはり朝は苦手だ。冬は特に。

 今年も残すところ一ヶ月となり、一年の幕を下ろそうとしていた。この時期になると街は一気に騒がしくなり、老若男女を問わず恋をしている男女の心が踊りだす。

 なぜならクリスマスという大イベントがあるからだ。

 気がつくとクリスマスは何かの締切日になっている。誰が決めたわけでもない恋する男女の勝手な決め事。そして私もその決め事をしている一人だ。

 毎年様々な目標を立て、締切日までにそれを成就させられるようあの手この手を使った計画を実行する。それはまさに必死な日々の連続であり、気が気じゃない。

今年は三年前から続いている“不幸なクリスマス”に終止符を打つために何が何でも彼をゲットしてやるのだ!

とにかく気合いが入っている。

 

 「おはよう、矢口さん」

 優しい声が耳をかすめ、ドキッという心臓の音と共に後ろを向くと王子様が立っていた。

 「おはようございます!」

 すかさず元気に挨拶をした。

 「今年も残りわずかだけど頑張ろうな」

 「はい!よろしくお願いします」

 ポンっ。と肩を叩かれ王子様の温かい手のぬくもりを感じ、急いで頭を下げた。頬が紅潮しているのがバレないように。

 「純子おはよう、朝からラッキーじゃん」

 王子様の後ろ姿に見惚れている私の背後からニヤニヤしながら麻紀が腕を引っ張った。

 「毎朝会えたらいいのにな。今日も香水の匂いが甘かったー」

 首すじの辺りからふわっと香る甘い匂いを思い出してヨダレが垂れそうになり、慌てて口元を押さえた。

 この王子様の正体は営業部の中川晃司様、三十歳。今年の春、うちの部署に騒然と現れた私の憧れの王子様。背が高くて細身のスタイル…ちなみに身長は180センチもあるの。そして、清潔な短髪の黒髪が特徴。で、笑うと顔がくしゃっとなるアイドル顔負けの可愛いキュートな三十歳。

 もちろん一目惚れで、出逢ったその日からぞっこん片思い中なのだ。

「最近デートどこいきました?」などと遠まわしに探りを入れ、彼に恋人がいないことは月に一度のペースで調査済みだ。

今年のクリスマスには約1年間の長い片思いに終わりを、と思っている。

 そう、今年のクリスマスの目標は彼と素敵な聖夜を過ごす他はない。

 「ところでさ、麻紀妊娠大丈夫だったの?」

 「うん、セーフだった。本当危ないんだからアイツ」

 商品の整理をしながら訊ねると、麻紀は頬を膨らませながら答えた。

 「ノッチ、麻紀と結婚したいって言ってたもんな。だからやっぱり欲しいんじゃん?子供がさ」

 「そうは言ってもさ、あいつ貯金もないんだよ?子供なんかできたら借金地獄だよ」

 「貯金かぁ。私から言わせると羨ましい悩みだけどね」

 「そう?あんたは現実味ないからねー。あっ、客来たよ」

 そう言うと麻紀はちょっと太めのおばさんに駆け寄り、今期人気の真っ赤なレースの下着を紹介した。

 それを眺めながらサイズ探し担当の私は「サイズないっつーの、もう」と心の中で叫んだ。

 私たちの職場は下着を扱う百貨店の婦人服売り場だ。男性社員は事務や営業を、女性社員は販売と事務を交代制でやっている。

 麻紀と私は同期入社ということもありとても仲がいい。麻紀はO型で適当な性格なので似合う似合わないなど関係なしにとりあえず客に流行のものを紹介する。また、A型で几帳面な私はいつも面倒なサイズ探しをやるハメになる。

 この役割分担はもう随分長いことやっていてタバコを吸うには火が必要なように麻紀と私はセットでなければ役に立たない。

恋愛面でも私たちは対照的であった。麻紀は常に彼氏がいて、いつもたくさんの男とセックスをしている。今の彼氏というのが話題にも登場した、ノッチである。料理人の彼は優しくて面白く、センスがあるいい男。文句を言いながらも二人はラブラブ同棲中なのだ。

 ノッチは麻紀のことが大好きだし、麻紀もなんだかんだ言いながら真面目に付き合っているのはノッチが初めてだった。このところほとんどノッチとのセックス話しかしないところが真剣に付き合ってる何よりもの証拠である。

 麻紀は誰かとセックスをすると、アイツは早かったとか遅くて疲れたとか顔がいいのにアソコの小ささにビックリして濡れなかったとか指の使い方がうまくて最高だったとか必ず細かく説明をしてくる。人のセックス話なんて聞きたくないかもしれないけど私は案外に好きだった。

 そんな麻紀もノッチとの付き合いはもうすぐ三年になる。そして最近では子供や結婚の話がちらほら出てきているのだ。私は麻紀のそんな話を聞くたび、羨ましくもあり好きだけではやっていけない男女の現実を目の当たりにする。

 一方、私はというと好きな人は常にいるのだが誕生日やクリスマスのイベント前になると好意を持っている男たちが必ず去っていく。それだけではなく、キスまでして良い感じになった男の家に呼ばれ浮かれていたら実は彼女がいたとか一緒にベットに入りセックスを始めようとしたら、やっぱり元カノが忘れられないからごめん。なんて言われたり…はっきり言って、よく可哀相な結末を迎えるタイプの女だ。

 ヤラれる前にわかってよかったじゃん。なんてよくフォローされるけど、それはそれでとても複雑な心境であることに気付いて欲しい。

 だからとてもじゃないけど私は麻紀のように悠長にセックスを語れる女とは言えないのだ。でも今年は…中川さんと聖夜のベッドインなんてことをしてしまったら私も麻紀のようにセックスを語るつもり。

 あーん。考えるだけでドキドキしてくる。

 

 「…ません、すいませーん」

 「…えっ、あ、はい!」

 ハッとし、我に返った私の顔を若い男が顔を覗き込んでいた。

 やばっ。妄想しすぎた。

 「すいません、印刷屋の小池です」

 彼は軽く会釈をし、私がオロオロしているのに気付いたのか自分の名前を名乗った。

 「あっあぁ、はいはい。いつもお世話になっております」

 「どうも。矢口さんにお会いするの久しぶりですね」

彼は言いながら伝票を差し出し、屈託のない笑顔を見せている。それにしても、あまり見かけない子なのに私の名前を覚えているなんてすごいな、と、妙に感心してしまった。

 「ここに受け取りサインお願いします」

 彼が指差した場所に名前を書き込むと、正方形で大きめの封筒が手渡された。恐らく中身は年末に向けて制作した新作下着のチラシである。

 「ありがとうございました!」

 「こちらこそ、またよろしくお願いします」

 私が丁寧にお辞儀をすると、彼も同じように応えてくれた。そしてエレベーターの方へと戻っていき、再びこちらを見てから会釈をする。

 自然と笑みが浮かんできた。

 あれだけ丁寧にしてくれると、気持ちよくさえ思えてくる。小池くんね、覚えておこう。

 

 「純子、このサイズあるかな?」

 「マジ?」

 さっきのお客さんが、赤い透け感のある下着をものすごく気に入ってしまったらしい。

 思わず私は、下着とおばさんを交互に見比べてしまった。麻紀はすがるような眼差しを私に浴びせ、焦ったような口調で「お願い」と頼んできた。

さすがの麻紀も、あのおばさんにこの下着を買う勇気があるとは思わずに勧めていたのかもしれない。いや、麻紀のことだからそんなことは考えてないか。

私は慌てて裏の倉庫に駆け込み、在庫の中では一番大きい一枚を引っ掴むと店頭に戻った。入るか入らないか、微妙なところだ。

一か八か、とりあえず試着をしてもらうことにした。

 「お客様こちらにどうぞ。ブラジャーをお外しになられましてご準備が整いましたらお申し付けください」

 「分かりましたぁ」

カーテン越しに答える彼女には聞こえないよう、麻紀が小声で呟いた。

 「純子よろしく」

麻紀が小声で言ってきた。

両手を顔の前で合わせる彼女に、「頑張ってみるけど、入らなかったら知らないからね」と、同じく小声で返す。

 「お願いしまーす」

 「はい、失礼します」

 私はカーテンを潜り、試着室の中へと入っていった。

そこには目を疑いたくなるような、驚愕の光景が広がっている。Fカップの大きな胸と、それに負けじと背中周りに無駄についている肉のカタマリがブラに喧嘩を売っているように見えた。

私は改めて気合いを入れ直し、決闘に臨む決意を固めた。背中の肉をかき集め、どうにか収まるようブラに埋め込んだ。

「わぁ、とてもお似合いですよ」

鏡に映った肉のカタマリにお世辞を垂れる。

「ちょっとキツイ気もするけど、これくらいで大丈夫なのかしら? 」

「それぐらいがちょうどいいんですよ。じきにお肌と馴染んでまいりますので、苦しくないようでしたら大丈夫です。本当に、よくお似合いです」

「そうかしら。じゃぁ、これを上下セットで頂こうかしら」

「ありがとうございます」

試着室から抜け出し、麻紀にOKサインを出す。彼女はホッと胸を撫で下ろし、「ありがとう」と呟いた。

「ありがとうございました」

商品を手渡すと、私たちは深々と頭を下げた。四〇歳は裕に過ぎているであろうおばさんが、嬉しそうに真っ赤なブラとTバックのセットを抱えて帰っていく。彼女の嬉しそうなその表情は、これからその下着を見せるであろう彼を思い浮かべて表れたものに違いない。

クリスマスが楽しみなのは決して若い男女だけではないのだ。

 

 

「お疲れ!」

麻紀が傾けたビールのグラスに、私も自分のそれを重ねる。チンという心地好い音が、賑わう居酒屋の騒音にかき消された。

 「お疲れ!今日は疲れたよ、ホント」

 私が言いながら大袈裟に溜め息を吐いてみせると、麻紀はクスクスと微笑みながらビールを口に含んだ。

 「なんか今日お客さん多かったもんねぇ、しかしあのおばさんTバックをセットにするとはね。どんな男と寝るんだろう」

 麻紀はビール片手に枝豆を摘みながらニヤっと笑った。私は肉のカタマリを思い出し、身を乗り出して続けた。

 「ねっ、私もさすがにそれ考えちゃったよ」

 「やっぱり?私の予想だとアレは不倫か若い彼がいるね」

 「あっ若い男っていうのはわかる」

「真っ赤な下着ってのは若い男が好きな色だからね。そうそう、中川さんとのデートには適さないわよ」

麻紀はニヤリと笑った。

 「えっ?」

 「やぁね。考えてるくせに」

 「何よ」

 「中川さんとのベットインよぉ」

 麻紀はわざとセクシーに言って見せた。思いっきりそういうことを考えていた私は恥ずかしくなって手に持っていたビールを一気に飲み干した。

 「ああっ、美味しい。もう一杯っ」

 「ちょっと、あんた弱いんだから気をつけてよね。明日二日酔いとかナシよ」

「大丈夫だって」

麻紀の心配をよそにビールを注文した。

私は麻紀に比べて、百倍も酒が弱い。男の前では酔った真似をする麻紀だが、彼女が実際に酔った場面に出くわしたことは数えるくらいだ。

ビール十数杯にワイン、シャンパンや日本酒を一度に飲んでも、麻紀はケロリとしていた。そのため、麻紀が酔いたい気分のときに付き合うと、とても時間がかかる。

一方で、私はジョッキビールなら二杯でやられる。しかも、実のところビールが得意なわけではなく、すぐに学生が飲むようなカシスやフルーツ系のカクテルに切り替える。

 「中川さんてさ、本当に今彼女いないのかな?」

 二杯目のグラスを片手に麻紀に確認する。

 「知らないけど人気はあるよね」

 「だよねぇ」

 「こないだも告白してフラれた女が三人もいたらしいよ」

 「マジ?」

 「確か…受付けの若い子と、営業にいるうちらと同年代くらいの子。あと事務の子だったかな」

私は三人の顔を思い浮かべた。そこに自分が加わるかもしれないと思うと、なんだかとても怖くなる。ビールを片手に枝豆を摘みながら、麻紀は話を続けた。

 「でもあいつさ、人気あるくせに女の噂全然ないじゃん、相当好みにうるさいか実は奥さんいるとかね」

 「奥さんはいないよ、たぶん」

 彼の細い指先を思い出した。指輪はしてなかった。

 「あら、知らないの?わかんないわよ、ああいう男ってモテたいが故に奥さんがいること隠してること多いんだから」

 「情報好きのあんたに言われるとマジ萎える」

 「あははっ、ヘコむなって」

 麻紀は楽しそうに五杯目になるビールに手をつけた。

 この女はこの手の話が大好物なのだ。さらに洞察力に優れているため、情報は誰よりも早いし、麻紀の『たぶん』や『きっと』はほぼ確実なのだ。

 ちなみに中川さんがいる営業部には麻紀が食った男が多数存在し、今でもよく彼らと会話をしているので営業部の話は特に強い。

 モデル体系のスタイルに短い髪が似合う美人顔の麻紀は男受けがよく、はっきりしている性格なので男友達も多いのだ。

 「でもさぁ、そろそろ動いた方がいいんじゃないの?」

  六杯目を注文しながら、麻紀が言った。

 「わかってる、わかってるんだけど…どうしよう?」

 私は真剣な面持ちで、麻紀の顔を覗き込んだ。

 「まずは食事ね、でも誘わせなきゃダメよ」

 「そりゃあ誘って欲しいけどさ。連絡先とか知らないし、会っても挨拶する程度だよ」

 「あんた中川さんのメールアドレス知ってんじゃん?会社の。それ使ってアピールするのよ」

 「会社のって…誰かにバレない?」

 「バレないバレない。私、悟とメールエッチしたことあるもん」

 悟とは、麻紀が入社当時付き合っていた営業部の男である。やたら社内でイチャついてると思ったらそんなことをしてたのか…。私は少し呆れて言った。

 「メールエッチって…プライベートでやれっつーの」

 「だってそのほうが萌えたんだもん」

 麻紀はきゃきゃ。と笑って「だから絶対大丈夫」と念を押した。例が悪いけどなんだかすごく大丈夫な気がした。

 会社のパソコンでメールなんて不安だけどなんだかドキドキした。明日からやってみよう。

 「あっそうそう、今日小池君来てなかった?」

 「誰?」

 「誰ってあんたが応対してた印刷屋だよ」

 「あぁっうん、来てた!麻紀よく覚えてたね、あの子あんまり来ないから私すっかり忘れてたよ」

 「あんたもひどい女だね。あんないい子忘れるなんて」

 「確かにいい子だった。丁寧だよね」

 彼の丁寧な態度と笑顔を思い出した。

 「私あの子一押しなのよ。顔も可愛いしさっ」

 「麻紀の一押しって久々っ。次来たらしっかりチェックしとくよ」

 「まぁとりあえずは中川さんに明日からアピール頑張りな」

 麻紀はそういってデザートのアイスを頼んだ。酒をたらふく飲んでもデザートが欠かせないとこが麻紀の可愛いとこだ。

 小池君と中川さんはパッと見対照的だ。

 ということは匂いも対照的なのかな。と思った。中川さんが甘い匂いだから…そうね、小池君は男らしい匂いのはずだわ。私はすぐにそんなことを妄想した。

 

≪連載≫ 聖夜の恋人

『聖夜の恋人』

<CAST>
矢口 純子
伊藤 麻紀
中川 晃司
小池 直樹

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クリスマスは女の子にとって素敵な日。その日をあなたは誰と過ごしたいですか?

毎年クリスマスや誕生日に好きな人に裏切られ続けた純子。今年狙った人は会社の上司である人気者の中川さん。一年以上も片思いを実らせるためクリスマスまでに彼と近づけるように様々なことを思い巡らす。

そんな中、何気に会話を交わしたことしかなかった配達員小池と街でバッタリ出会い、彼の優しい雰囲気に心を動かされる。

中川への変わらない想い、小池に対する落ち着かない気持ち…。

クリスマスに純子の隣に居るのは?もしかして今年もまた一人?

本当の愛をくれる男性は気づかないうちに傍にいてくれてるもの。

女の子だけのとっておきクリスマスラブストーリー。

第三話 このまま ≪Short story≫

 このまま

 

 

あの日あなたに偶然出会って

気が付いたら隣にいて

だけど

私が必要なときあなたはいつもいなくて

あなたが必要なとき私はいつもいて

エレベーターでエスカレーターで後ろから腕を回してくれるあなたに

いつもドキドキしてた

大好きな気持ちが毎日毎日重なって大きくなるばかりで…

幸せな時間がいとおしくて

 

あなたとの距離ができて仕事の帰り道

電車に乗る前に

必ず携帯をチェックしてあなたからの連絡がないのをわざわざ確認するの

わかってるのに自然に涙が溢れてきてあなたの胸で泣けたらどんなに楽だろう

……何度も思う

もうそれが叶わないとわかっていても

 

抱きしめられてる瞬間がこのままずっとずっと続けばいい

どれだけ願ってたと思う?

永遠なんていらない

このまま

このまま

もう少しだけ

抱きしめてほしい

 

私の願いはそれだけだったのに

 

 

 

第二話 最後の雨・・・≪Short story≫

最後の雨

 

運命的な出会いって思ってた

まだお互い知らないことだらけだったけど「好き」って気持ちだけでなんとかやっていけると思った

 

毎日の電話、深夜十二時になってもこないと胸騒ぎが止まらなくてあなたのことしか考えられなくて…

体中が不安に押し潰されそうになった

 

「ごめん、遅くなっちゃった。今、何してる?」

 

あなたの愛しい声が私の中の不安を溶かしていって

幸せな気持ちに変えてくれた

 

「オヤスミ、また明日ね」

 

あなたの毎日の電話で辛い仕事もがんばれた

忙しいのわかってたからわがまま言わないで会いたいの我慢した

優しいんじゃない、我慢してただけ

辛かったんだよ

 

連絡が途絶えて三日

どうしようもない時間を一人で苦しんで過ごした

 

そして今日

二人が出逢った部屋、一度だけ一緒に過ごした部屋の中で

最初で最後の話し合い

彼のために買ったもう使われることのない灰皿

 

お互い気持ちはあるのに付き合うのが早すぎた二人は理解しあうことができないまま終わりを迎えた

彼の揺ぎない決心に涙が止まらなかった

こうなることは間違いではなかったのかもしれない

 

でも…もう二度と戻ることのない関係になってしまったことが悲しすぎた

 

短すぎた

幸せだった

大好きだった

辛すぎた

 

出会ったのは間違いじゃなかったよね?

 

しとしと降り続く雨が傷ついた心を包み込んでくれた

 

 

 

Dear 恋人から

Dear 好きな人へなった雨の日の午後

 

 

 

 

第一話 愛してるの距離 <Short story>

愛してるの距離

 

 

「手寒い?」

「少し」

 彼はポケットからゆっくり手を出して空を見上げた

「ほら」

 空を見上げたまま手を私の方へ差し出す

「えっ」

私は戸惑い下を向く

「ほら、手さむいだろ?」

彼は強引に私の手を握った

冷えてた体が一気に温まり、心臓が踊った

 

 街路地に二人

 わずかに光電灯が二人の手元を演出した

 

 大好きだった

 

 彼の大きくて温かい手のぬくもりが私の記憶の温度を上げる

「お前って結構恥ずかしがりやだな」なんて

手を差し出すだけで顔赤くしてるあなたに言われたくない

 

 あの寒い夜

 街路地に二人

 

 暗いし、寒いし、足痛かったけど

 あなたのぬくもりさえあればそれだけで何もいらないと思った

 

 幸せだった

 

 あなたは違ったの?

 私の冷たい手これから誰に温めてもらえばいいの?

 ねぇ、もう一度言って?

「お前だけだよ」って抱きしめてよ

 

 あの道がいつまでも続けばいいと心で何度も唱えた

 ドキドキしたよ。あなたの手

 

 私の心臓の音聞こえてた?

 

 あんなに近くにいたのに、あんなに抱きしめてくれたのに

愛する気持ち伝わらなかったんだね

 

あなたとの距離はずっと離れたまま

決して縮むことのない底なしの愛

 

あの時も、今も、この先もずっと…

 

でもね、私。愛してる

 

あの時も、今も、この先もずっとずっと

 

だから気づいて、あなたには私しかいないってこと